戦国武将に学ぶ事業承継-東京商工会議所

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織田信長

今回は、東京商工会議所主催の事業承継関連セミナーを受講してきましたので、その紹介です。
「戦国武将に学ぶ事業承継」というタイトルで一風変わった切り口のセミナーでした。

相続セミナー

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戦国武将に学ぶ事業承継
~武田が滅び、上杉が残る、その違いは~

日程:2015年2月9日(月) 14:00~16:00
場所:江東区産業会館 2階
講師:UTAGE総研株式会社 山口亨氏 (中小企業診断士)
内容:事業承継、会社戦略
概要:川中島の戦いで有名な戦国の名将である武田信玄と上杉謙信を題材に、現代の事業承継にも通じるポイントを解説
費用:無料

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東京商工会議所のセミナー情報を見ていたところ、面白そうなタイトルのセミナーが見つかりましたので聞いてみることにしました。

東京商工会議所のホームページから必要情報を入れて登録するだけで完了です。あとは、当日、地下鉄東西線の東陽町駅を降りてすぐに江東区産業会館2階で行われました。定員50名でしたが、開始5分前に着いたら部屋には人がいっぱいで、3人席の真ん中に申し訳なさそうに座りました。

事業承継セミナーの雰囲気と講師について

「事業承継セミナー」というだけあって、事業を譲る側と受ける側の両方の立場の方がいました。講義の最初に講師の方がどちらの立場ですかと聞かれて何人かがそれぞれ手をあげていました。どちらも比較的年配の方が多かったです。それ以外の手をあげなかった方はどうなんでしょうか?と講師は疑問を口にされましたが、筆者みたいに興味本位で参加した方なのでしょうか。

講師の方は、もともとシステム開発会社でSEとして働いていて、その後、オーストラリアにワーキングホリデーに行き、帰国後、米国企業の日本法人でITマネージャを担当した後、中小企業診断士として独立されたという異色の経歴の持ち主です。いや、もしかしたら、最近のコンサルタントにはこういう一見異分野からの人が多いのかもしれません。

「ガンダムに学ぶ経営学」、「ドラクエができれば経営がわかる」という著書を出している講師です。

事業承継のコンサルティングでは必ず2名体制で行うそうです。一人が年配の方で、事業を譲る側につき、もう一人が30~40歳くらいの方で、事業を受ける側につきます。つまり、それぞれほぼ同世代の人がついて、それぞれ意見を聞きうまく事業承継が図れるように進めます。子供はまだまだ一人前でないから任せられないと考えている親と、今の親のやり方では時代に合わないと考える子供の両方の立場をうまくまとめていくそうです。

さて、紹介はこのくらいにして、セミナーのポイントをまとめてみます。

戦国時代の戦いにおける勝利の秘訣

桶狭間の戦い

まずは、戦国時代でも有名な戦であある桶狭間の戦いから。セミナーの最初は半分歴史のお話でした。

兵力では圧倒的に劣っていた織田信長が大軍、今川義元に勝てたのはなぜか?
それは、今川義元が山間にいて実際には500くらいの兵しか近くにいないところで2000の軍勢で攻撃を仕掛けたこと、今川義元の首だけをとる一点集中主義をとったことなどがあげられます。また、信長は情報を最も重要視していました。戦後に最も大きい褒美を授けたのは、首をとった武将に対してではなく、今川義元のいる場所の情報を掴んだ武将に対してでした。

ランチェスターの法則

ランチェスターの法則とは、イギリスの航空工学のエンジニアであったフレデリック・ランチェスターにより考案された軍事作戦における方程式の一種です。二つの法則があります。

第一法則「一騎打ちの法則」: (軍の戦闘力)=E(武器性能)×(兵員数)
一人が一人としか戦えない場合に適合し、槍や刀のような接近戦の武器のように、兵器の性能が同じならば、兵士の数が多いほうが勝つという法則です。

第二法則「集中効果の法則」: (軍の戦闘力)=E(武器性能)×(兵員数)2
一人が複数の敵を攻撃できる場合に適合し、機関銃などの近代兵器のように一人が多数に対して攻撃することが可能な場合は、兵力の多い軍が少ない軍を圧倒するという法則です。

強者は第二法則を実施し、広域的、集団型、圧倒的な物量・兵力で敵を破壊させるのが良い戦法です。一方、弱者は第一法則を実施し、局地戦、一騎討ち、接近戦、一極集中で、敵を蹴散らすのが良い戦法です

織田信長は上記の第一法則を実践することで今川義元に勝利しました。

信長の後

黒田家の存続

どんなに強い武将も永遠に生きることはできません。後継者を育て引き継いでいく必要があります。信長が亡き後、豊臣秀吉が天下をとりました。秀吉は子供に恵まれず、生前にもっともふさわしい後継者として黒田官兵衛の名前をあげていたとされています。

黒田家は、徳川幕府が始まり明治維新までの270年間、13代にわたり存続した家であり、多くの戦国大名が没落したことを考えると、長く続いた家といえます。黒田官兵衛はもともと若い時に当主となり若いうちに多くの経験をすることができました。それに習って、年をとる前に隠居し、息子の長政に家を引き継がせ若いうちから経験をさせました。また、家臣が早く長政に従うように、自分は悪態をついて当たり散らして、長政に目を向けさせました。それが黒田家を存続させた大きな要因とされています。

創業は易く、守成は難し、武田家と上杉家の違い

創業はゼロからのスタート、しかし、守成はマイナスからのスタートもありえます。

武田信玄は、甲斐を本国に、信濃、駿河、遠江、三河と領土を広げた強い武将でしたが、後継者である勝頼への引き継ぎには失敗しました。
信玄は勝頼がまだ頼りなく後を継ぐにふさわしくないと考えていて、家臣たちにも、勝頼のことを馬鹿にした発言をしていました。勝頼のプライドは傷つけられ、家臣も勝頼を支える気持ちにはなれませんでした。
そして、いざ家督を継いだ勝頼は、信玄のやったことを否定し独自路線に走りました。天下の形勢が変わっているにもかかわらず拡大路線に走り、古参の幹部の話を受け入れず、良き補佐役もいませんでした。
これらが武田家が滅んだ背景ともいえます。

上杉謙信は、越後国を本国に、越中、能登、加賀と勢力を拡大しましたが、実子には恵まれず、姉の子である景勝に家督を譲りました。織田信長、徳川家康により、領土は削られましたが、米沢藩にて良く藩政に尽くしました。
景勝は、謙信を肯定して引き継ぎました。情勢の変化に素早く対応し、関ヶ原で負けて以来、身の丈にあった経営に切り替えました。古参幹部の話を良く聞き、良き補佐役に恵まれました。
これらが上杉家が栄えた要因といえます。

環境の変化に備える

環境が激変すると優等生からつぶれていくと言われています。優等生というのは今ある環境で最も適しているからこそ優等生であるのであり、環境が変わるとついていけなくなるからです。うだつのあがらなかった人が環境が変化したら、うまく順応して成果を出すということも十分にありえます。先代社長と後継社長では状況が違うことを念頭において戦略を立てる必要があります。

事業承継、これだけ覚えておくこと

譲る側への教訓

1. 寿命があることを自覚する
2. 万一に備えて後継者を指名しておく
3. 後継者同士を競わせない
4. 企業の生き残りは経営者の長生き競争
5. 酒に注意する
6. 無理をしない
7. 65歳までには引退する
8. 後継者に補佐役をつける
9. 後継社長をオーナーにする
10. 相応しい後継者がいなければ会社を売る

受ける側への教訓

1. 先代を肯定して継ぐ
2. 先代と自分を比較しない
3. 情勢の変化に対応する
4. 身の丈にあった経営
5. 会社の歴史を語り継ぐ
6. 補佐役を持つ
7. 古参幹部の話を聞く
8. 財政が厳しくなっても社員を切らない
9. 一致団結して難局を乗り切る
10. 自分自身もきちんと後継者を指名しておく

3つの事業承継

ハードの承継: 財産、株式、不動産 ⇒ 決算上見えるもの
ソフトの承継: 知的財産、儲かる仕組み、運営方法 ⇒ 人的資産、関係資産、構造資産
人の承継: 誰に引き継ぐか ⇒ 親族、従業員、他社

事業承継のまとめ

本セミナーを事業承継に関してまとめると、以下のポイントになります。

・早めに後継者を指名して引き継ぎ、後継者に若いうちから経験させて育てること
・引き継いだ後継者は、先代の意思や方法を大切にし、一方で時勢にあった経営を心掛けること
・会社の理念が受け継がれるならば、後継者は必ずしも親族に限る必要はない。信頼できる従業員に引き継いでもらったり、あるいは、自分の意思を引き継いでくれる知人・友人・パートナーに会社を売ることも考えられる。

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