デジタル人民元を発行する中国政府の真意は何か?

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荒井薫
執筆者:荒井薫
労働省→公認会計士→コンサルタント→事業会社CFO&国際ブランド付きプリペイドカード事業の立ち上げをやりました。子供の頃から物書きになりたかったため、書く感性を磨きながら、皆さんに様々な情報をお伝えしていければと思っています。
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1.デジタル人民元とは?

2019年夏頃から、現実味を帯びてその発行がメディアで話題になっている法定デジタル通貨があります。
それが、「デジタル人民元」です。

編注:既に地域限定での試験発行の準備が進み、2020年には発行されるという見方も増えています。

「デジタル人民元」を正しく理解するために、まずは「法定デジタル通貨」の定義を理解する必要があります。

1-1.法定デジタル通貨とは何か?

日本銀行は、法定デジタル通貨を以下の通り定義しています。
法定デジタル通貨、すなわち、中央銀行発行デジタル通貨(英語通称はCBDC:Central Bank Digital Currency)とは、

  1. デジタル化されていること
  2. 円などの法定通貨建てであること
  3. 中央銀行の債務として発行されること

以上の3つの条件を満たしたものとされています。

一つ一つ分かりやすく説明したいと思います。

①デジタル化されていること

「デジタル化されている」とは、貨幣や紙幣のように物理的な「現金」ではなく、その価値がデータとして保管されて、データのまま決済や送金などに利用することが出来ることを意味します。
電子マネーをイメージすると分かりやすいかと思います。

②円などの法定通貨建てであること

「法定通貨建て」であるとは、その通貨の単位は国家が定めたものであるということを意味します。
分かりやすく言えば、ビットコインやイーサリアムのように民間が自由に単位を決めて発行された仮想通貨ではないということです。

③中央銀行の債務として発行されること

「中央銀行の債務として発行」というのが一番難しいかもしれません。
円、米ドル、ユーロなどは無秩序に紙幣として印刷されて市中に出回るものではなく、紙幣として市中に出回る際に、その価値に相当する国債などを中央銀行が保有しています。
つまり、発行される通貨に相当する額の資産を中央銀行が持っているということを意味します。デジタルであっても同様です、ということを言っています。

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1-2.デジタル人民元とは何か?

法定デジタル通貨の定義を基に、「デジタル人民元」を分かりやすく定義したいと思います。

  1. 貨幣や紙幣ではなく、デジタルである(分かりやすく言えば「元」の電子マネーのようなものです)
  2. 「元」という、中国政府が公式に認めた法定通貨建てある
  3. 中国の中央銀行にあたる中国人民銀行の債務として発行されるものである

「デジタル」という概念を理解するのが苦手な人は、「元という法定通貨に基づく中国政府のお墨付きの電子マネー」のようなものだとまずは理解しましょう。
ただし、今のところデジタル人民元はスウェーデンと同様にブロックチェーン技術が使われるようです。電子マネーと決定的に違うところは、そのデジタル元を使った取引記録が時系列でブロックチェーン技術を使って保管されるところです。

1-3.いつ発行されるのか?

この記事を書いている2019年11月27日現在、中国政府による「デジタル人民元の発行」は、公式には発表されていません。
2019年夏くらいから、デジタル人民元に関するニュースが多くなってきていますが、すべて関係筋から示唆されたものに過ぎません。

【日経新聞】準備進むデジタル人民元 次の基軸通貨狙う、関連銘柄に物色
【SankeiBiz】“脅威”デジタル人民元、近く発行か スマホ決済27兆ドルを民間と争奪
【coindesk JAPAN】中国デジタル人民元は、小売り決済から:中央銀行元総裁

これ以外にも、デジタル人民元に関する記事はたくさんありますが、公式の場で中国政府の主要閣僚が発言したものもなく、中国の中央銀行に当たる中国人民銀行関係筋などからの情報であると書かれています。
しかしながら、これだけニュースが盛り上がっていることから、中国政府がデジタル人民元の発行を準備していることは間違いないと考えておくべきだと思います。

つまり、近い将来、スウェーデンよりも先に、突然に中国が法定デジタル通貨であるデジタル人民元を発行することを公式に発表する日が来るかもしれないと想定しておく必要があります。その影響が何なのか、中国政府は何を目的にしているのかなどについて考えておかないといけません。

2.なぜデジタル人民元発行の話題が急浮上したのか?

デジタル人民元の話題がメディアで浮上してきたのは、Facebookが発表した「リブラ構想」に対する欧米諸国からの批判が高まったタイミングとほぼ一致しています。
このことから、中国当局が、リブラを意識して何かしらの判断をしたのではないかと思われている節がありますが、私は違う意見を持っています。

私は、仕事柄、ここ7~8年ほどFinech関連の動向を時系列でウォッチしてきました。
そして、それとは別に長年、アメリカ企業とビジネスをすることが多かったため、国際政治の動向、特にアメリカの政治動向を継続的に注視してきました。

その中で、中国が将来アメリカを抜いて世界第1位の経済大国になることに対して、トランプ大統領になってからアメリカがかなり警戒していることが如実に表面化しています。
その結果が米中貿易戦争であり、デジタル人民元の発行は、大局的にはアメリカをけん制する狙いが一番大きいと考えられます。

2-1.米中貿易戦争による大国中国の再確認

トランプ政権になって、米中貿易戦争が激化する中で、世界中の国々が再認識したことは、「近い将来、中国がアメリカを抜いて世界一の経済大国になる」ことが現実だということです。

日本人は、あまり気にしていない人が多いようですが、中国は、経済は資本主義を導入しながら、政治的には共産党による一党独裁を続けている共産主義の国です。
民主主義国家でない国が世界一の経済大国になることの潜在的な脅威は、多かれ少なかれ世界中の国々が感じているのです。

2-2.世界に対して中国の存在感をアピール

そして、米中貿易戦争の影響もあって中国の経済成長率が鈍化している中で、中国が国際経済秩序の中に新しい存在感を植え付けるには、「デジタル人民元の発行」が近いということを世界中に認知させることが効果的だと判断したのではないかと推測します。

中国のデジタル人民元発行の可能性については、今に始まったことではなく、Financial Timesでは、中国がキャッシュレス決済で他国に先んじて導入しようと、2014年からDC/EPというプロジェクト名でデジタル人民元について水面下で研究を続けてきたと報じています。

(DC/EPは、Digital Currency/ Electronic Payments(デジタル通貨/電子決済)の頭文字です)

そのような中で、ここに来て一気にデジタル人民元発行の話題が活発になったのは、中国当局が意図的に情報を流していることが根本にあることは間違いないと考えています。
そこに中国政府の意図が隠されていると冷静に分析をするのが正しいと思います。
つまり、デジタル人民元発行は、Fintechの一つの話題として捉えるのではなく、国際外交の中長期的なパワーバランスに大きな影響を及ぼす政治的な戦略であると捉えるべきだと思います。

3.デジタル人民元発行の中国政府の思惑

ここからは大半が私の考察となります。
中国政府がデジタル人民元を発行する目的は、大きく2つあると思っています。
1つずつ見ていきたいと思います。

3-1.思惑①|中国国民に対する監視レベルの網羅性を高めること

香港の民主化運動の高まりと、ウイグル自治区の反中国、独立派への弾圧の強化と監視強化を進めている中国政府の動きを見ると、経済は資本主義を導入しながら、政治的には一党独裁である共産主義であることの矛盾が抑えきれなくなっていると分析しています。

今までは、高い経済成長によって、その矛盾を封じ込めてきたのですが、中国経済も成熟期に入っている産業もあり、また国民の高齢化は日本よりも急激です。このような変化の中で、経済成長で国民を満足させるという手法は通じなくなって来ていると共産党が判断していることは明白です。

国民監視の効果的な強化は資金の流れの掌握

香港の民主化運動の弾圧に動かないのは、香港に手を出すと欧米各国からの反発が強いことが分かっているからです。その代りに、ウイグル自治区への締付けを強めていると推測します。

どちらの反政府運動も、抑圧すればするほど地下に潜って勢力は結束を固めて、その支持基盤が強固になるものです。
確実かつ効率よくそのような国民の動きを監視するためには、資金の動きを把握することが一番効果的です。

今でもキャッシュレス社会が進んでいる中国ですが、人民元はまだ国際通貨としては弱いので、海外からの独立派等への支援は元以外の通貨で入って来ていると思われます。
それらのお金を中国国内ではデジタル人民元でしか使えないようにすることで、中国国内の資金の流れを把握すると共に、海外からの支援がどこから入っているかを把握するにも好都合というわけです。

取引記録を改ざんできないブロックチェーン技術の利用

特に、一定額以上の高額な資金の動きは、ブロックチェーン技術を使って取引記録を管理できることで、経済活動以外にも政治活動でどのようにお金が使われているかについて、一目瞭然になります。
独立運動やテロには、資金が必ず必要です。これまで以上に監視社会を強化するのであれば、とにかく資金の流れを把握するのが一番だというわけです。

国家に対する民間企業の影響力の均衡バランスを取る

現在、Alipayを発行しているアリババ、We chat Payを発行しているテンセントは、中国の経済活動の中で大きな影響力を持っています。それは、中国国内の決済や送金のほぼすべてを網羅しているからです。

今までは、その事業規模拡大は、中国企業の世界経済での存在感を高めるという意味で、中国政府にとってもプラスの意味合いが大きかったと言えますが、これ以上影響力が大きくなると、特に国際社会で、中国政府の存在感よりもこの2社の存在感の方が大きいという逆転現象を起こす可能性を孕んでいます。

これは中国政府としては内心では好ましくないと思っているはずです。デジタル人民元を発行することで、この2社の動きに対して、均衡バランスを取ることが出来るというのが中国政府の思惑だと思います。

3-2.思惑②|発展途上国における人民元の存在感拡大

中国政府がデジタル人民元を発行する2つ目の目的は、世界に先駆けて法定デジタル通貨を発行することで、発展途上国における中国人民元の存在感を大きくすることです。
リブラ構想は、主に、Unbanked People(銀行口座を持てない主に発展途上国の人々)に対する金融サービスを提供するものです。デジタル人民元の2つ目の目的も、基本的にはそれと同じであると推測できます。

法定デジタル通貨である強み

しかしながら、リブラが民間主導であるのに対して、中国のデジタル人民元は中国政府がバックです。

中国は、アフリカや東南アジアの発展途上国に多額の経済支援を行っています。とは言え、人民元が国際通貨としては相対的に弱いことから、これらの支援国で主流となっている外貨は、ドルやユーロ、ポンドなどであり、中国元は存在感が今一つです。

デジタル人民元の発行を行い、支援国にデジタル人民元の採用を強制することが出来れば、発展途上国を中心に、世界での中国の存在感をより強固にすることが出来ます。
これは、本来ならばリブラ構想よりも欧米諸国にとっては脅威になるはずです。

狙いは発展途上国の事実上の基軸通貨

これは、特にターゲットは、アメリカの影響力が相対的に強くないアフリカ諸国だと思われます。

エチオピアなど元宗主国がイギリス以外の国では、その国の発行通貨の信用が低いために、事実上の基軸通貨はドルであるケースが多いです。もちろん、南アフリカ共和国のようにイギリスポンドが強い国もありますが、大半は米ドルまたはユーロです。

中国としては、アフリカ諸国に多額の支援金を出しているので、それに紐づけてデジタル人民元を広めれば、人民元経済圏を構築することができるわけです。

3-3.人民元経済圏樹立の仮想敵国はアメリカ

これらのような思惑があると考察出来る根拠は、現在世界一の超大国であり貿易戦争で中国と激しく争っているアメリカに対して、中国は本気で対抗するために、そろそろ本腰を入れなければならないと思っていると推測できるからです。

将来、15年~20年経つと、中国はアメリカを抜いて世界第1位の経済大国になると言われています。
しかしながら、世界第一位の経済大国になっても、基軸通貨をアメリカの米ドルから奪えなければ、名実ともに世界一の超大国になり得ないと判断したのではないでしょうか?
ここに来て、デジタル人民元の発行の話題が表面化しているのは、いわばアメリカに対する牽制であるとも言えると思います。

4.まとめ

「America is first」と叫ぶアメリカが国内志向を強める中で、このまま中国がデジタル人民元を発行することで、名実ともにアメリカに代わる世界の覇者になれるのでしょうか?
私は、今の段階ではそれはかなり難しいと判断します。

中国では、現在QRコード決済に代わって顔認証決済を国内決済のスタンダードにしようとしていますが、それは利便性を考えてのことではなく、監視社会の強化を狙っている側面が大きいと思われます。
その中国は民主主義国家ではありません。首相や大統領が国民の選挙で選ばれる国ではないのです。

今世界では、自国主義が強まっていますが、どこかの段階で中国の思惑が決定的に明らかになった時、資本主義であっても民主主義でない国が名実ともに世界の覇者になることの恐ろしさを欧米諸国や日本は気が付くはずですし、気が付かなければいけないと思います。

デジタル人民元と顔認証決済の推進は、中国政府の壮大な戦略であり、それは経済発展にプラス面があることは否定できませんが、民主主義国に生きる私達日本人は、冷静に中国の動向を見守る必要があると言えるでしょう。

荒井薫
執筆者:荒井薫
労働省→公認会計士→コンサルタント→事業会社CFO&国際ブランド付きプリペイドカード事業の立ち上げをやりました。子供の頃から物書きになりたかったため、書く感性を磨きながら、皆さんに様々な情報をお伝えしていければと思っています。

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